日本の文化の源流。
希少な国石(※)・ヒスイから独自の技術で磨き出された大珠
透明度が高く、格調高い天女の羽衣伝説を思わせます
京都府在住の玉匠・青舟(せいしゅう)氏。
稀少でコレクターアイテムともなっている新潟県糸魚川産のヒスイを青舟さんが独自の技術で大珠(たいしゅ)に加工。(「大珠」とは縄文時代の中ごろ、糸魚川市周辺で産出するヒスイを素材としてつくられた製品で、貴重品として主に東日本で広まりました。西日本での類例は少ないですが、大珠は勾玉の原型といわれています)
透明度の高いヒスイ原石から磨き出されたこの大珠(タテ約2.4センチ、ヨコ約0.95センチ)は、原石と出会った場所が新潟県の青海川流域の海岸、そして京都府北部、京丹後につたわる天女の羽衣伝説にちなむ「荒塩」の地名から「荒塩の印」と命名されました。
(※)日本鉱物学会は2016年、社団法人化の記念事業の一環として国石(日本の石)の選定事業を企画、総会において花崗岩、輝安鉱、自然金、水晶、ヒスイの最終候補のなかからヒスイを国石に選定しました。
ご神体として、また石笛に。付属の麻紐でペンダントにも
そのままご神体として、また石笛に。(古代の信仰の形は、ご神体は山であり、石であり、滝であることが多いです)
また、しめ縄や鈴緒など神社仏閣用の麻製品を調製する明治19(1886)年創業の京都・山川製、国産大麻(精麻)・より紐が付属しており、穴に通し長さを調整すればペンダントはもちろん、フーチーとしても使用できます。
【青舟(せいしゅう)氏の経歴】 京都府京丹後市在住。 幼少の頃(3歳~10歳)、特異な体験をする。 28歳まではごく普通の毎日を送っていた。 突然、日本の古代に別のモノがあると目覚めた後、特に丹後・丹波の遺跡・山等をめぐる事となる。その頃より玉(出雲大社の勾玉)と言うものに傾倒していく。また、全国の古神道に関わる所をまわる。 古代の技術に関わる重要な素材としてのヒスイを求めて各地を訪問、糸魚川に最初に訪れたのが2005年5月であったが、この時、ヒスイを拾うことも手に入れることも出来なかった。 古代出雲と越の国(現在の福井県、石川県、富山県、新潟県あたり)は、重要な関係性を持っていた。これらの事柄は日本古代史の闇の部分である。歴史の表に現れない出雲神族、あるいは地方の神族(大国主)の時代、最も謎であるのが国譲りと言う大事件であった。 この真相が詳らかになる時こそ、日本の正史が顕現するであろう。玉の秘密も解かれるのである。有為転変の世の中にあって、神器としての玉を造る事の重要性を痛感する。 「布留玉の社(ふるたまのやしろ)」主宰。公益財団法人渡辺美術館(鳥取県)において製作した勾玉が常設展示中。2022年、「第一回 花柳凜京丹後舞踊公演」の新作舞踊劇、祈日月物語で、製作した勾玉が使用された。 趣味:鉱物収集、刀剣鑑賞、古鏡鑑賞、笛、古代史探索(フィールドワーク)など。 |
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大珠の前面。(緑色の斑文がアクセント) |
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大珠の反対面。こちらを前にしてもOK。 |
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保管用の桐箱付き。桐材は柔らかく狂いも少ないため機密性が高く、 湿気等から守ることができます。 |
糸魚川が翡翠の産地として再認識され広く知られるようになったのは実は昭和初期のことです。 のちに小滝川流域で翡翠が発見される前、新潟県出身の童謡「春よ来い」で知られる詩人・相馬御風(そうまぎょふう)は地元伝承に「ヌナカワヒメノミコトが翡翠の勾玉をつけてクニを治めていた」とあることに着目しました。 知人の鎌上竹雄氏に「ヌナカワヒメの”ヌ”やヤサカニノマガタマの”ニ”は翡翠と解釈されるため、糸魚川の山奥のどこかにあるはずだ」と話したと言われています。 ※奴奈川姫の伝説(糸魚川市ホームページより) |
(参考)「神道の源流」吉川竜実著(Total Helth Design)P37を引用、一部編集
「丹後国風土記」の逸文(原文がほとんどなくなって世に一部分しか伝わっていない文章)、奈具社の条によると、8人の天女が「比治山」(現在の磯砂山)の頂きにある「真奈井(井戸、または泉)」に降り立ちました。 水浴びをしていたところ、一人の天女は老夫婦に羽衣を隠されました。天に帰れなくなった天女は老夫婦の願いを聞き入れ、娘として一緒に暮らすようになりました。 娘は万病に効く酒をつくるようになりました。この酒によって老夫婦は富み栄えるようになります。すると、今度は娘に出ていくように厳しく迫るようになりました。 嘆き悲しんだ娘は和歌を詠みました。 「天の原 ふりさけみれば 霞立ち 家路まどいて 行方しらずも」(天の原を振り仰いで見ると一面に霞が立ちこめている。そのように家への帰り道がわからなくなって、どうしてよいかわからないことよ) 泣く泣く放浪した娘は、荒塩村から丹波の里の哭木(なきき)村を経て、たどり着いた奈具村で「心凪(こころな)ぐしく」(心が安らかに)なりました。 ここに住み、最期を迎えた天女は「豊宇賀能売命(とようかのめのみこと=のちの伊勢外宮の祭神「豊受大神(とようけのおおかみ)」」として奈具神社にまつられ、天女の足跡が「奈具村」など地名の起源になっているといいます。 |
大珠「荒塩の印」は、貴重な糸魚川産ヒスイ製の透明度の高い原石から磨き出された、美しい天女を思わせる大珠です。 ・本品は1点もの。現品限りです。 ・はるかな時が作り出した芸術、ヒスイは昔から護身用や神事などに利用されてきました。(玉は大昔から神様との交信手段として、聖なる力をもった祭祀用の道具として、大切なものです) ・そのままご神体として、石笛に。創業120年以上、神社仏閣用の麻製品を調製する京都・山川製の国産精麻・より紐(2ミリ径×長さ1メートル)が付属しており、穴に通し長さを調整すればペンダントして、フーチーとしても使用できます。(お届け時は、大珠とより紐は別々に入っております) ・保存・保管に最適な桐箱付き。桐箱は、職人の美意識が現在に融合する京都の桐箱専門店「箱藤商店」の製品です。箱内には大麻繊維をすき込んだ和紙(徳島県、アワガミファクトリー)を中敷にしております。 ・古神道(伯家神道)の作法により潔斎してお送りさせていただきます(火打ち石を使います。出土品から古墳時代にはすでに使われていたことが知られており、切り火は不浄を断ち邪をはらう日本古来の風習です)。 |
※商品の体感・効果には個人差があります。
サイズ | 大珠(約2.4センチ×約0.95センチ×約0.7センチ)、麻紐(2ミリ×1メートル)、桐箱(内寸法:長さ23.5センチ×幅6.3センチ×深さ3.0センチ) |
組 成 | 大珠(新潟県糸魚川産ヒスイ)、麻紐(国産精麻) |
色 | 天然色 |
備 考 | ・大珠及び麻紐は、天然素材のため、長期間の使用により色や風合いが変わることがあります。変化をお楽しみください。 |
区 分 | 日本製 |
製造者 | 布留玉の社、株式会社山川、株式会社箱藤商店 |