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コラム日本人の原点

本コラムは、2011年8月から2016年1月まで無料メールセミナー「日本人の原点を探って」として配信した全5回の内容のうち、冒頭の2回分です。特別公開!


第1回 きれい、きたないが日本人の価値観


まだサラリーマンだった2005(平成17)年の正月、愛媛県大三島にある大山祇神社の境内に立っていました。

その前年の秋から妻と別居中で、もう自分のチカラではどうしようもないなという状況に置かれていました。

その頃は、べつに神社に興味があったのではありません。

ある情報誌で「いい神社」と紹介されていたのをたまたま見たのがきっかけで、“いい場”に行くことで清々しい気持ちになりたかったのだと思います。

さらに、人づてに「いい神社」の紹介をもらって、大麻比古神社(徳島県)、田村神社(香川県)、吉備津神社(岡山県)を回りました。



それからしばらくして、1999(平成11)年に神奈川県内で会って以来、1年に1回の年賀状だけの交流を続けていた知人Aさんを思い出して、連絡を取ってみました。

Aさんからその2年くらい前にいただいた年賀状に「身曾岐神社の行、スゴイので受けてみてください。」とあって、Aさんが言うなら本当にスゴイのだろうなと。

「人生どうにもならなくなったら、そこへ行こう」と考えたことを思い出したからです。



Aさんは会社の経営をしながら、その神社の神職になっていました。

そして、その年の8月、この神社で毎月開かれている“修行座”という古神道の奥義を広く一般に相伝するための講座に参加することにしました。

修行は、“ご神言”を大きな声で唱えつくしていく祓(はら)いの行「大声(たいせい)の祓」と、息による静かな祓い「息吹永世」という呼吸法が基本。

神道は言挙げしないと言われますが、テキスト等があるわけでなく、すべて口伝で、目と耳で作法等を覚えていきます。

3泊4日(当時はそうでした)の修行中、何度となく涙があふれてきました。

理由はわかりませんでしたが、これまでの辛かったことや我慢してきたものが一気にあふれ出たのだと思います。

終わってみると、もう声は枯れ枯れです。

ただ、持っているものすべてを出し切ったせいか、とにかくすっきりしました。

Aさんとも6年振りに再会、八ヶ岳高原の自然に囲まれた中で、とても素敵な時間を過ごしました。



以下は、身曾岐神社HPからの転載ですが、日本人特有の考え方が示されていて、とてもわかりやすいので引用させていただきます。

『そもそも、身曾岐神社の身曾岐(みそぎ)とは、「きれい」になることを指します。
(中略)
日本人は何事も「きれい」「きたない」を考え方の根本に据えています。たとえ仕事で失敗しても、大きな災難が降りかかっても、ある期間、しっかりとみそいで「きれい」になれば、新たな人生を踏み出せると考えました。』



暗中模索の状態だった自分にとって、この体験は絶妙のタイミングでした。

まるで、神話のイザナギノミコトの黄泉比良坂の戦い後のミソギのように。

いろいろあった後、その年の暮れ、当初選択肢になかった離婚を決断しました。



Aさんにそれを伝えると、次のような返事が返ってきました。

「自分の修行が進めば進むだけ、いろいろな事と変化が起こるようです。

それは、必ずしも良いと思える事だけではなく自分にとっては大変辛いこともあります。

しかし、それらはすべてある時振り返ってみた時、自分の魂の成長や霊的進化には必要であったと納得できます。

人それぞれにそれぞれな事があります。」

ああ、そういうことなんだなと。



さて、今という時は、先の読めない時代になっています。

このままの暮らしを続けていって良いのか?今どう生きるべきか?

特に3・11の大震災以来、従来の暮らし方を見直し、生き方を変える人が増えています。

読めない未来を見るためには、振り返らなければならない時が来てるのではないでしょうか。

自分とは何か。日本人とは何かということを。



第2回 日本人の感性を呼び覚ます


その後、1年に1〜2回くらい修行に通いました。


身曾岐神社の坂田安儀宮司は「神道は祓いである」と言われます。


特に、息に意識を向けざるを得ませんでした。

呼吸こそが命なんですね。人間は、息が止まると死ぬ。

そして、呼吸に必要な酸素は、自然の中の循環によって生み出されている。

生きているだけで、とてつもなく有り難い存在なんだと。



他にも、気づきがありました。

・目の前のものすべてが命。稲は稲が作る。トマトを作るのはトマト。

・すべてつながっている。すべて縁である。

・人間一生の問題がことごとく食から起こる。食べ方によって運命が定まる。

・自分の周囲すべて鏡。

・「仲今」=瞬間の中に永遠がある。

・天地自然、社会とのつながり、親、先祖があって自分が存在する。

・息(言葉)が乱れると人生も乱れる。

・神道は、天地自然を教典とする命の信仰。

・信仰とは、大切なもの、大切なことを大切にして生きる生き方。命を大切にする生き方。

等々。



普段の生活でも気づきがありました。

子供の頃、こんなことを聞きませんでしたか?

「ミミズにおしっこをかけたら、おちんちんが腫れる」

ここだけの話ですが小学生の時、本当か?と思って一度かけたことがあります。

すると見事に腫れました。というか、腫れたように感じました。

それ以来、怖ろしくて二度とやっていません。

数十年余りを経て気づいたのは、これは小さな命に対する慈しみを教えているんですね。

日本人は、○○を大切にしなさい!などとストレートな言い方はしないのです。



また、外国人は日本へ来て、しめ縄や鳥居に驚くそうです。

彼、彼女たちは巨木や石には生命が宿っているものと見なさないからです。

例えば、木にしめ縄を張ったり、鳥居を立てたり、巨石にしめ縄を巻くと、石とか木が聖なるものに変化します。

暴走族でも、鳥居やしめ縄を張っているものに決して落書きはしませんよね。



それから、それまで人の絆とか、つながりを考えたことはありませんでした。

情けないことに、目の前のことだけ、身の回りだけがすべてでした。

頭では知っていました。しかし全く理解できていませんでした。

自然の営みと恵み、たくさんの人々の働き、祖先から続く命の連鎖。

誰かが得をしたら、誰かが損をする。誰かに食べさせてもらい育ってきたこと。

親はその親から生まれ、その親はまたその親から生まれてきた。

全部つながっています。

多くの方が言うように、私たちは命のつながりの中で生かされているんですね。



目に見えるものからはもちろん、目に見えないものからも教わる日々。

生きている感覚が以前よりも増して、人との付き合い方、仕事との関わり方が違ってきました。

また、食べ物の味も変わりました。一滴の汁、一粒の米の有り難いこと。


さらに、なぜ美を重んじるのか、なぜ物を大切にするのか、なぜ礼をしたり、敬語を使うのか、なぜ先祖供養や和を大切にするのか、伝統的なお祭りや行事の意味などなど。

昔から日本人がしてきたことが深く理解できるようになってきました。


まだまだ知の領域かもしれません。

「大切なものは目に見えない」と言った人がいました。

まさしく、その通りだと思ったのです。


(つづく)



※このコラムの内容はファンタジーであり、すべてフィクションです。

登場する人物、団体、地名などはすべて架空の世界です。

現実の出来事と一致しているのは、偶然の一致とお考えください。




(参考)元NHKアナウンサー、宮田修さんの講演録より

NHKアナウンサーから熊野神社(千葉県)の宮司となった宮田修氏の講演録が手元にありますので、その中から日本人の原点として参考になりそうなところをご紹介します。

《『アナウンサーが神職になって』》
若林強斎(1679〜1732)は、その『神道大意』の冒頭の部分でこのような事を言っております。「恐れ多い事ではあるけれども、神道のあらまし、神道がどういうものであるかを申し上げれば、水をひとつ汲むといふとも、水には水の神霊がましますゆへ、あれあそこに水の神ミツハノメ様が御座被成て、あだおろそかにならぬ事とおもひ。」おわかりいただけますか、つまり水を汲む時にはその水の中に水の神様がおられるから、ちゃんと大事に汲まなければいけないのですよ。水というのは大切にしなければいけないのですよ、と言っています。

それから「火を一つ燈す、火を一つ燈すと言ってもそこには火の神のカグツチ様がおいでになる。ですからそれは大事な事だと思ってください」と強斎は言うのです。さらにわずか一本の木を使う時にも、木の神様、ククノチ様がおられる。ですからその木も大事に使わなくてはいけませんよ。草一本でもカヤノヒメ様という神様がそこにはおられるから、それも大事にしなければいけませんよ。

とにかく皆自然界のものをすべて大切にしなさいと教えています。そしてそういう気持ちになって、崇めたてまつり、とても大事だ大事だと考え、おそれ慎むのが神道であると若林強斎は言っているのです。これは驚きでした。驚いてばかりですね。私は、合理主義的な教育を受けて参りました。自然科学万能の教育を受けて参りました。その私にとっては大ショックでした。日本人というのはこういうふうに考えるのか。何度も言いますが、まあ青天の霹靂ですね。本当にビックリしました。水はH
2Oでしょう。木は木でしょう。草は草でしょう。火は熱いけどもその中に神様が居ると考えた事は、大変申し訳ない恥ずかしいことですがそれまで無かったのです。でも水の中に神様がいる。木の中に神様がいる。すべての中に神がいる。その事を日本人は信じて、そしてそれをいちいち大切にして、日々暮らしていくというのは、すごいことだなあと私は思いました。

私は、合理主義、自然科学万能を信じていました。しかしやはり私の中には日本人の血が流れていたのです。若林強斎の言うことは正しいと思えるようになったのです。私はこれを、私の中の日本人の遺伝子が目覚め始めたと言っています。やはり私は日本人なのです。(P.14〜16)




共同体を形成してきた日本人が、何を大事にするかと申しますと、ここで言う共同体というのは、お米を作る単位としての共同体ですが、その共同体に属する人たちにとって一番大切なことは、共同体が存続し続けることです。これは、大事ですよね。その共同体の中でお互いに仲違いをしてしまったら、共同体が維持できません。喧嘩をするという事が一番困るわけです。ですからその共同体の中には必ず神様をお招きして、重要な決定は神様の前で決めるのです。
そうするとどういう事が起こるかと申しますと、Aさんが主張します。Bさんが反論します。喧嘩になりそうになります。そうするとオイオイ神様の前だから、お互い3つのところ2つにしておきなさい。我慢をしなさい。そして折り合いをつける。そこで「和」ですね。仲良くする。ですから日本人は「和をもって貴しとなす」なのです。これも凄いなと思いました。

私は子供の時から、こう考えてきました。自分が正しいと思ったら、それを主張します。相手が間違っていると思ったら、相手をやっつけます。自分が正しいと思う事を貫き通す事が大事だと考えておりました。でも日本人はそうではないのです。なんとかお互いの一致するところで折り合いをつけるのです。ですから日本人は喧嘩両成敗というのです。喧嘩をしてはいけないのです。どちらが正しいのではなく、喧嘩をして争う事がよくないと日本人は考えるのです。なるほど、そういう事なのだと納得しました。それは日本人が、昔から変わらず続ける事で生まれた、日本人の知恵であると分かりました。なるほどさすがだと思いました。(P.24〜25)




もう一つ驚いたことがあります。それは、日本人の労働観です。仕事というものを日本人がどう考えるかです。これもビックリでした。驚いてばかりで恐縮なのですが。私はNHKで働いてきました。長く仕事をしてきて、仕事それ自体はとても楽しかったのですが、仕事の中で時々辛いなと思うこともありました。でも祈年祭−祈年祭は、春、農作業が始まる前に豊作を祈る祭りです−この祈年祭の祝詞に出てくるような労働観を、少なくとも私は持ち合わせていませんでした。
日本人が考えてきた労働観は、それは神道と深く関わっています。祈年祭の祝詞に「依さす」よさすという言葉が出てきます。その依さすという言葉は、委任するという意味です。お任せするという意味です。本来働くという事は神様がおやりになる事なのです。神様の仕事なのです。ところが神様はとてもお忙しいから、神様の代わりにあなた方人間に、我々人間に、お任せしますよ、というのが労働であると書いてあるのです。

つまり働くということは、本来神様がおやりになる神聖なことですが、神様はお忙しいから代わって人間がする。人間は、本来神様がする神聖な営みを、神様に代わって出来るというのです。西洋と全く違う考えです。西洋人の考え方は、アダムとイブが禁断の実を食べてしまった為に労働を課せられたのです。つまり苦しみとして労働をさせられているのです。ところが日本人は、そう考えません。神様がおやりになることが出来るのですから、それは喜びです。まさに働く喜びです。全然違います。日本人は、良く働くはずです。労働観が全く異なるのです。共同体を作り、みんな仲良くして、神様に代わって働く喜びを感じながら一生懸命働くのです。働く喜びです。

これもショックでした。そんな事全く考えていませんでした。一生懸命働けば、お給料が貰える。NHKで働いて成績を上げればたくさん給料が貰えるし、地位も上がる。それは私の労働に対する対価として貰えるものだと考えていました。もちろん私の生きがいの為に働く、そういう部分もありました。しかし喜びとして働くという感覚は、あまりありませんでした。昔から、日本人は働くことが好きだというのは、なるほどこういう事なのだと思って、納得致しました。(P.25〜27)




これは最近知った事ですが、日本人は自然という言葉を最近は頻繁に使います。ところが実は、この自然という言葉は、元々日本語には無かったというのです。少し難しいのですが、その自然という言葉が無かったのはどういう事かといいますと、自分がここにいますね。自然というのは自分の周りを取り囲んでいるものです。取り囲んでいるものと自分とをかつての日本人は、分けていないのです。従って分けていないものに名前を付ける必要がありませんでした。要するに、今言う自然と自分は一体のものでした。言葉は、他と区別するためにつくられます。ところが昔の日本人は自然と自分は同じものだから、名前を付けて区別する必要がなかったのです。自然という言葉は、外国からネイチャーという言葉が入って来て、そのネイチャーを日本語に翻訳して出来たというのです。この話を聞いて、また凄いなあと思いました。自然−じねん−という言葉が仏教にはあります。ところが自然−しぜん−という人間の存在と対比して、人間の周囲にあるものについての概念が日本人には無かったのです。ですから外国から伝わるまで言葉もなかったのです。こう考えてみると思い出されるのは、日本の障子です。障子紙です。風が少し入りますし、光も入ります。開ければ風が沢山入ります。決して完全に周囲と分けていません。いつも何時も自然と共に、いつも何時も一緒に暮らしている。それが日本人だったのです。(P.35〜36)




私は、氏子の皆さんに何時もこういう言い方をしています。私も含めて、日本人の多くは自分の氏神様のいる神社を持っている人は本当に少ないですよ。私もそうです。私は末っ子ですから、自分の家を早々と出てしまいました。要するに故郷、自分の定着したルーツがありません。転勤するたびに、初詣は近くの神社を訪ねたり、ある時はお寺に行き、そういう暮らしを続けて来ました。今、日本人の多くはそうです。それを私は、祈願難民と名付けています。まさに祈願難民です。氏神様を持っていません。お参りにどこへ行くのか分かりません。我が家もそうです。家族で話をします。今年の初詣どうする。明治神宮は混むよね。鶴岡八幡宮まで足をのばそうか。パパが子供のころ行っていた成田山にする。近くの氏神様で済まそうか。そんな会話が毎年繰り返されました。ところが私がご奉仕している千葉のその小さな町の氏子さん達は、御先祖が専用の祈願施設をきちんと残してくれました。自分達の氏神様があります。ですから、皆さん氏神様を大事にしましょう。氏神様って大事ですよということをいつも申し上げています。
そして次の時代に、子供、孫の時代にこの氏神様をきちんと伝えていきましょう。引き継いで行きましょうと申し上げております。これがこの後、私の死ぬまでの仕事になると今強く感じております。(P.44〜45)

伊勢神宮崇敬会講演録16『アナウンサーが神職になって』宮田修(伊勢神宮崇敬会)2009年より抜粋、一部編集




最後に、山形県のレストラン「アルケッチャーノ」のシェフ、奥田政行さんの本「地方再生のレシピ」の中で、日本人にはない視点で日本の魅力を世界に発信してくださっているマンリオ・カデロさん(駐日外交団長、サンマリノ共和国特命全権大使)と奥田さんの対談を抜粋してご紹介させていただきます。

〜日本人は世界で一番自然に近い民族〜

カデロ大使 『日本は紀元前660年の神武天皇の即位によって創建されたのが始まりです。古事記や日本書紀をひも解くとちゃんと書いてある。神話というのは国にとってとても大切です。ギリシャもギリシャ神話があるからヨーロッパで歴史を重んじられているでしょう。日本も神話があるから世界から尊ばれるのです。
日本という国は2675年もの間ずっと天皇制という同じシステムを貫いています。こんな長きにわたって続いている国はほかにありません。世界の歴史を大きな視野で眺めると、日本は世界最古の君主国と言えるのです。最初から同じシステムを貫いている日本とサンマリノは似ている国だなと私は思っています。』

奥田 『なるほど。そんなふうに日本が見られているとは知りませんでした。』

カデロ大使 『もう1つ、日本が世界から尊ばれているのは神道が国家精神の背景にあるということです。日本には「八百万の神」という言葉がありますね。山や川にも神さまが宿るという考え方はとても神聖で神秘的です。日本人は世界で一番自然に近い民族だと私は思います。
食べ物に関してもそうですね。「もったいない」「いただきます」の心は、食べ物の命に対する敬いの気持ちです。食堂などで見ていても、日本人の多くは1人で食事をするときでもいただきますと言います。中には胸の前で両手を合わせる人もいます。そして食べ終わると「ごちそうさま」と言う。
日本以外の民族ではそういうことはありません。店員に「サンキュー、グラッチェ」を言う人はいますが、敬虔なクリスチャンでなければ黙って食事を始めて黙って終えていきます。
日本人にとって当たり前過ぎて気にしたことはないでしょうけれど、私は日本にやって来た時になんて素晴らしい習慣なのだろうと思いました。日本人は礼儀正しく、環境に優しく、平和的な民族なのです。』

奥田 『確かに日本人の中で日常の生活で神道という言葉そのものを意識している人は多くないでしょうね。でも田舎のお祭りはどこも、五穀豊穣を山の神さまに感謝したり大地に感謝したりするところから始まっているのがほとんどです。そうした意味をもう一度考えてみることは意義深いかもしれません。そういうことをきっかけに、サンマリノのように住民の1人1人が地域の自治を支えるという意識を持てたら理想的ですね。地方の誇りはもしかすると、そうした自然の恵みへの感謝というところから回復できるのかもしれない。』(『地方再生のレシピ』奥田政行著(共同通信社)2015年P.160〜161より抜粋、一部編集)




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